天鶴茶、命名の父「李崇道博士」

李崇道博士 花蓮県瑞穂郷舞鶴台地は紅葉渓と秀姑巒渓の合流地点から西南方向に進んだ河岸段丘上に位置します。日本統治時代、この地は日本人によるコーヒー栽培(住田コーヒー株式会社)が行われていましたが、戦後は荒れるに任され放置されていました。
1973年、台湾省農林庁の調査により、舞鶴地区の気候と風土は茶葉栽培に適していると認められ、それ以後茶葉栽培が開始されました。大葉種のアッサム紅茶が主で、独特な風味の紅茶として知られ、土地銀行によって「鶴岡紅茶」と名付けられていました。
1979年に農業委員会主任委員の李崇道博士によって「天鶴茶」と特別に命名され、この時から、天鶴茶は花蓮で一番の銘茶となったのです。現在は小葉種の青心烏龍種や金萱種、大葉烏龍種、紅玉種(台茶18號)が栽培され、いずれも高い評価を得ています。

蜜香紅茶

無毒農業から生み出した新しい紅茶「蜜香紅茶」

嘉茗茶園では花蓮県政府が推進する「無毒農業栽培」に協力し、茶畑に農薬を散布しませんでした。その結果、多くの茶葉がウンカに咬まれてしまいました。ところがこの茶園のオーナー高肇昫茶師、粘筱燕茶師、東昇茶行粘阿端(義姉)が問題の葉を焙煎したところ、特殊な蜜のような香りがあることをつきとめました。試行錯誤のうえ試作を繰り返した結果、淡いフルーツの香りと蜜の香りがする「蜜香紅茶」という新たなブランドを創りだすことに成功しました。
味と香りの良さが評判になり、現在では台湾各地で蜜香紅茶の生産ブームが広まっています。
高肇昫茶師

大葉烏龍種

花蓮縣瑞穂郷舞鶴村が台湾最大の産地

茶樹としては小葉種に属する大葉烏龍種の茶樹は、高肇昫茶師、粘筱燕茶師によって高級茶が生産できる茶樹になりました。小綠葉蟬(ウンカ)の食害にあった茶葉からは、「蜜香紅茶」「蜜香紅茶」「毫香碧綠茶」が作られます。通常の茶葉からは茶摘みのタイミングによって「大葉烏龍茶」「大葉紅茶」が作られます。このようにひとつの茶樹から多様な茶を生産する取り組みによって、無駄の少ない茶生産に取り組めるようになりました。